T 先ほど次回作の予定はまだ、といっていましたけれど、例えば10年後にはどんな監督になっていたいというビジョンはあるんですか?
O 巨匠になるって、完成披露試写会でいわれていたじゃない。
L 撮り続けられればいいな、とは思います。巨匠は、なろうと思ってなれるものでもないですし…。最近こういう仕事の落とし穴が何か、良く分かってきたんです、結局落とし穴は自分なんですよ。まぁ、これで良いだろうって妥協してしまうことなんだと。これほど怖いものはないです。
T あっ、これもまた吉田さん同じようなことをいってましたよね?
Y 本当ですか?
T インタビューでやっぱり今後のことを聞かれて、『悪人』を超える小説を書いていかなきゃいけないって答えていて…。インタビュアーの方が「常に上を目指しているんですね、それはつらい」っていったら、「いや、ハードルを下げてしまう方がよっぽど怖い」って。
L いや、その通りですよ。
Y そうですよね、自分のハードルを下げてしまうのはとても怖い。それに僕たちが選んでしまった仕事は、失敗作でも後にまでずっと残りますからね。これもキツイ。
T とはいえ、そのキツイステージから降りちゃうクリエイターっていませんか?
Y 例えば?
T 例えば人を撮っていた写真家が、ある時から花を撮ったり…。人と向かい合わなくなっていったりするじゃないですか。
O 花を撮ったり、空を撮ったりね。
T そうです、でも映画は…
L 人を撮らなきゃしょうがない。
Y 小説もそうですね。
L 対峙しなくなるというより、人を描いてきた後、そういう世界から様式美へと移行するのかも知れませんね。黒澤の映画とかもそうですもん。人間を俯瞰して見るようになるんじゃないでしょうか? 自分はまだまだドラマの中にどっぷり入ってしまいます。でも、それが渦の中に入るのではなく、遠いところから眺めるようになるような。年をとってくるとそうなるのかも知れない。
Y 年を重ねたからこそ見えてくる風景があって、それを描いていくのだとすればそれで良いんじゃないですかね。どうなるのかはまだ分からないけれど、若い時とはまた違うやり方になっていくのかも知れない。ところで話は変わりますが、監督って年の割には昭和のにおいが分かりますよね。
L え?それって、年寄り臭いってことですか?
T いや、いや。お若いのに昭和の雰囲気をきちんととらえているなってことですよ。
Y そうです、そうです。
L 『フラガール』のような昭和を舞台にした映画を撮っているから、とか?
T 例えば『悪人』だと、あのおばあちゃんの家の感じとかを上手く表現しているところです。
L あぁ。でも子供の頃おばあちゃんの家とか行っていたらそんな感じでしたしね。
Y なんていうんだろう。監督は平成のフラット感がないんですよね。でも74年生まれといえばロスジェネ世代といわれていて、監督はそのど真ん中なのに、昭和世代が見てもリアルな雰囲気を生み出しているんですよね。
L それは、いわゆる今どきな流れと自分が置かれていた環境にズレがあるからじゃないですかね。閉鎖された世界というか。
O 例えば?
L 北朝鮮のニュースをテレビとかで見聞きすることと、自分が学校で教わることが全然違うとか、そういうことですね。僕は大学で初めて日本の学校に行ったんですけれど、同世代の日本人の中に入っていくことは最初すごく覚悟がいりましたよ。
Y でも近所づきあいとかなかったんですか?
L 小さい時はありましたけど、10歳を過ぎたあたりからは、もうなかったですね。学校の友達と遊んでいました。
Y 日本の大学にはカルチャーショックみたいのはあったんですか?
L 最初は李、と名前を呼ばれるのにもドキドキしていましたね。でも…
Y 意外と普通のリアクションだった?
L えぇ(笑)。僕たちは朝鮮学校で近代史を徹底的に教えられるけれど、反対に日本ではさらっとしかやらない。それはちょっと寂しい感じがしました。それまで自分から近代に何があったのか、知って欲しいという気持ちが強いわけではなかったけれど、日本の大学に入って何も知ろうとしない同級生とかを見ていてこう…。大学入りたての頃は、こっちは戦闘態勢ですよ(笑)。なのになんのリアクションもなくて、あまりの無関心に、グローバリゼーションは一体どこに?って思ったりしましたね。
Y これは自分たちも反省しなくちゃいけないところですね。監督には韓国人で日本に暮らすという自分の状況を映画で表現したいっていう気持ちはないんですか?
L そのまま自分の背景を映画に、ということだとどうなんでしょう。きっと映画作品としてのエンタテインメント性が必要ですよね。例えば関東大震災で何があったか、とか。
Y なるほど。それはお金かかりますね。
L そうなんですよ。『レッドクリフ』の舞台装置を作った人が韓国の方で、その人に話を聞いたことがあるんですけど、パート2で出てきた船一艘を揺らす装置をもっとたくさん使えば街を揺らすことも出来るって。
O でも街となると、何艘分?
L だからものすごくお金がかかる。そんな大スペクタクルが繰り広げられる中で、人がどううごめいていたのか、そういうのはいつか撮ってみたいですね。
(撮影協力:Opp)